船の模型の作り方

サントリーのTORYSウィスキーの宣伝にアンクルストリスが出ていた。

平面調でちょっとピカソぽい顔が特徴の「あっ、見たことある」っていうキャラクタだ。

柳原良平氏が描くノスタルジックを感じさせる小気味よい独特の画風。一度見たらその印象は忘れられない。

さて、柳原良平氏は船が好きである。彼のイラストにも船がたくさんでてくるし、船舶模型をたくさん製作され、「船の模型の作り方」という本を出版されているほど。

この本は1973年に出ているがその12年後、私が小学6年の1学期に出会った。

彼のイラストと同じデフォルメをしたタグボートや貨物船、フェリーのペーパクラフトが簡単な型紙と作成途中の写真、完成写真とともに載っている。

船の模型が好きでプラモデルを親にせびっていた私は、学校の図書館で見つけたこの本を借りて、さっそくタグボートを作り始める。

最初は当然うまくいかないし、柳原良平氏のデフォルメを再現することはできなかったが、何艘か作るうちにコツを掴んだ。

そして夏休みにこの本の最大の山である「秩父丸」の製作したのである。

全長1m20cmくらいのぺーパークラフト、画用紙もA1くらいのものを使った記憶がある。本から画用紙へ型紙の写しが難しく、詳細な部分は自分の想像で線引きをした。夏休みの工作のつもりだったけれど、あまりの難しさに半泣きしながら作ったのを覚えている。

完成後、ケースが要るといって細い材木で箱を作り、ウォータラインの模型が海に浮いている様に見せるために青い発砲板をケースの底に張り付け、そして、四方と天井は厚手の透明なビニールを張った。

この工作には自分なりに決意があった。必ず完成させること。誰からも手伝いを受けないこと。特に親。つまり、子供なりに自立の第一歩を託していたのである。

まぁ、その背景には親に頼りっぱなしの自分のふがいなさを感じていたというところなのだが。(笑

かくして「秩父丸」は完成し、学校からの展示物としての提供依頼を快諾し、私が卒業するまでは学校の工作室に展示してあるところまでは確認した。

どんな模型だったか。今はもう学校にもないだろうが、ググってみると柳原良平氏の作品があったこちらのページに私が作成したものよりもずーっと詳細で美しい秩父丸がある。しかし、記憶では私が作った模型も「秩父丸」の豪華さの雰囲気は出せていた気がする

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